お父さんお母さんに、幼い息子と娘。その一家が、われわれのボールパーク足立にフラっとやってきたのは1年以上前。冬の寒い日のことだったと思います。
「すみません、子供たちだけを家に置いてくるわけにはいかなかったもので」と、幼子たちの手を引く母は英語の塾の先生とのこと。保育士をしているという父が、私にこう続けました。
「こういうボールパークみたいな施設を作って、家族で運営したいと思っているんです!」
アポイントがあるとかないとか、そんなのはどうでもいい。夢を叶えようと家族全員で足を運んできてくれた、それだけで私の血が騒ぎだしました。ボールパークのような施設を新たに生む。これはフィールドフォース(FF社)のミッションコピーにも重なります。
『現代の練習環境を変革する!!』
本社機能も移設した直営の5号店、ボールバーク柏の葉の2階へ通じる階段の踊り場に、社のミッションコピーを掲げている
1週間後。夫婦が候補地としていた場所(建物)へ私も赴きました。そこはタクシー会社の跡地。管理する不動産会社にも出向いた結果、屋根が違法建築で用途地域(都市計画法に基づく土地利用の区分)にも適さないのでNGに。その日以降も、候補地巡りに帯同をすること、ついに4件目。埼玉県上尾市の商業地の一角に落着したのが、今年の2月でした。
箱が決まったら、こんどは中身のほうです。まずは夫婦が思い描く城に屋内の形状やサイズ感を照合しながら、可能なレイアウトを私から提案。さらに仮の施工スケジュールを組み、概算の見積りも提出しました。
脱サラしてのチャレンジは、人生を大きく左右するものです。軽々に結論が出るはずがありません。私もそこまで立ち入ったり、急かしたりはしません。ただし、着工からオープンまでの流れや収支の基準など、経験則から具合的な話をして不安を和らげてあげることはできます。
候補地を巡ること4件目、埼玉県のバリュープラザ上尾愛宕店の2階に箱が決まった
正式な発注が夫婦からあったのは、今年の3月半ばでした。私は速やかに諸々の材料を発注。同時に、各施工業者へ正式に依頼をかけました。もう後戻りはできません。夫婦はFF社のボールパーク柏の葉へも研修に訪れ、実際に売り場にも立ってお客様の受付や室内練習場へのご案内方法、打撃マシンの調整方法などもしっかりと学んでいきました。
そして4月6日に電気工事が始まり、最後の内装まで終わったのが同28日。機材や備品などの搬入と設置も済ませて5月1日、晴れて『WISE BaseBall Filed』がグランドオープンしました。これに先立って、私は夫婦へ次のように「想い」を贈りました。
「施設を宣伝するのにSNSも含めて発信されるときには、ウチ(FF社やボールパーク)の名前も出してもらって構いません。実際、これまで一緒にやらせてもらいましたし、遠慮せずにウチの名前もどんどん使ってください」
経営は完全に別。つまり、夫婦の上尾の施設はFF社の直営ではありません。でも、それで何の問題があるというのでしょう。直営であろうとなかろうと、ボールパークのような練習場が増えることは、野球界にとってプラスでしかありません。そしてそれは社の経営理念『プレーヤーの真の力になる』ことにも結びつきます。
この5月1日、埼玉県上尾市にオープンしたWise Baseball field。写真上が施工中、下が完成後。「想い」で結ばれた人脈と8年超のノウハウを結集し、3週間強の工期を実現した
昭和の時代には、人口が密集する都市部とベットタウンにもあった空き地や広場。これらに代わる「場所」を、全国の野球少年・少女たちに提供する。こういうコンセプトの下、ボールパークの第1号を東京都の足立区にオープンしたのは2016年のことでした。
いつでも空いていれば、誰でも自由に使える屋内練習場。無料とはいかないが天候に左右されず、音も人の目も気にせず、やりたい練習に打ち込める。そういう民間施設は私の知る限り、他にありませんでした。それが証拠に、足立の1号店には遠方から車や電車でやってくる人も絶えなかったのです。
前例がないということは、専門の施工業者もいません。新しいことにチャレンジするのは私のモットー。とはいえ、やるは難し。見切り発車した足立のボールパーク事業は、電気工事、人工芝、防球ネット、内装の各業者をインターネットで検索することから始めました。どの先方にとっても、ほぼ経験のない屋内練習場です。私の「想い」に耳を傾けてくれる業者がいれば、すぐにそっぽを向かれてしまうことも。最終的には相見積もりの上で決定させてもらいましたが、もう二度としたくないというほど長くて険しい道のりでした。
民間ではほぼ前例のなかった全天候型の練習場「ボールパーク」の第1号店を2016年、東京都足立区にオープン
施工期間は半年以上。先の上尾の施設の数倍です。各業者には、屋内で野球の練習をするのにベストな答えを導く作業から付き合ってもらいました。例えば「照度」。これは照明の明るさのことですが、電灯の種類や配置だけではなく、防球ネットの有無でも数値が簡単に変動します。ということは、電気工事より先に防球ネットを張ってテストをする必要がある。しかし、防球ネットを張ってしまうと、人工芝を敷けないし、電気工事もできなくなる…。こういう堂々巡りもあって工期がどんどん伸びて、費用もふくれていきました。
ただし、どの業者も私のリクエストに対して「無理です!」「できません!」とは言いませんでした。畑は違っても、「想い」は通じる人には通じるのです。彼らはその後の2号店、3号店から直近の上尾の案件まで、変わることなく頼れるパートナーであり続けてくれています。新たなボールパークに着手するたびに、より良い仕様へとマイナ―チェンジができているのも、彼らの存在があればこそ。上尾の3週間強という工期も、彼らなしには不可能でした。
ボールパーク足立の施工中。すべてが「無」の状態で業者探しからスタートし、テストも繰り返しながらの工期は予定を大きくオーバーして半年以上に
正直、時間もコストもバカにならないものがありました。でもその分、初歩的なことからコツコツと積み上げてきたノウハウは純度100%。曇りひとつなく、自信と根拠に満ちた知的財産です。本来は他者にマネをされないように、法律に則って防御をするものですが、私は逆にさらけ出す決断をしました。
気軽に野球ができる環境を作りたい。そういう「想い」があっても、何からどう手をつけていいのかも分からない。かつての私のような状態から始めると、多くは頓挫してしまうことでしょう。そこで、われわれが培ってきたノウハウを活用いただけば、路頭に迷うようなこともなく、スムーズにまた安価に事が運ぶはずです。こういう考えから4年前に始めたのが、FF社の「練習場施工」事業です。
2019年、北海道旭川市にオープンした直営のボールパーク3号店。仕様も大幅に改善した上で工期2カ月を実現したことが、「練習場施工」事業の発端に
私の夢のひとつは47都道府県にボールパークを作ること。直営店だけで言えば、まだ4都道府県5カ所に過ぎません。しかし、上尾の件同様に施工・オープンした施設は関東、関西、中国、九州へも広がり、トータルで20以上。個人宅の打撃ケージ施工も含めると、全国に30件以上となります。
モノを売るだけではない。ノウハウという「コト」からのご提案。これも現代の練習環境の変革であり、ひいては野球界の裾野拡大にもつながっているのだと私は信じています。
(吉村尚記)